北海道マラソンに出ることにした理由は秋冬シーズンで初戦を迎えるより
8月にフルを経験しておきたいと言うのがありました。
だけど、出場理由がもっと必死なものに変わることになります。
私の目標には国際大会の大舞台でサブ3!!
というのがあります。また、これまで1度も女子だけの大会に出たことは
ありません。女子ランナーという括りにも興味がありません。
女子だけの大会に出るときは、参加基準を満たしてから。
エリート枠で呼ばれてから。を決めていました。
板橋で必死になって出せた3:08でしたが、GW頃から大阪国際女子の
参加基準が8分切り、そして最近では5分切りとまで言われ始めました。
(*まだ噂にすぎません!)
3:11(つくば)からの板橋は半年の怪我もあり、
3:08はとてもとても長かったです。
なので参加基準引き上げの噂はとてもショックでした。
もう、9月の参加基準発表を前に3時間5分を切る!という
穏やかじゃない気持ちでした。ここまで焦るのには、少し時間がなくて
1月の大阪国際女子に必ず出たいのです。
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北海道では大阪国際女子にまず出る!事が優先で
9月の発表の前に、出場を確実にしておきたかったので、
サブ3に挑戦をして、撃沈してベスト出せないというリスクは
犯せないというのがありました。でも挑戦できるとおっしゃってくださった
皆さんの後押しは自信に繋がりました。
何度も検討したペースをゼッケンの内側につけ、走りました。
目標は3:04:48
もし撃沈しても、3:06くらい。を予想しました。
↑暴風雨やかけ水でボロボロ。。。
そして、走ってみた結果。
走り終わって知ったのですが全部 5kmラップで22分切っていました。
*1~10km
スタートは解き放たれてとても気持ちが良かったです。
走り出し渋滞で1kmラップが4:26で焦ります。
でも自分の計算では10kmまでは4:25で大丈夫な予定。
アップダウン以外は4:10台が出るようになり、今度は前半なので
温存するために抑えました。
でもなかなかイーブンが刻めずにいました。ペースに拘らずに
体感で30km以上もちそうなギリギリのペースで走っていました。
9km地点の創成トンネルは長く、すごく集中してしまいどうしてもペースが
4分一桁になってしまってました。
その時、「このままこのペースで勝負したい。」と
いう自分と、「まだ先は長いからこのペースは気持ちいいけど今だけ!」という
堅実な自分が出てきて、、、
堅実な方が勝ってくれました。
*11~20km
この区間からほとんど記憶がありません。
10km過ぎてから無がやってきました。風景も覚えていません。
トンネルを抜けたら、めちゃくちゃ横殴りの暴風雨になっていて
嵐を呼ぶおいやんさんを思い出し身震いしたのは覚えてます!
雨風の強い新川通の往路では、4:15/kmペースの人についていき、
とても集中していました。
この辺りから、体感で走りやすいレースペースが4:15/kmということに気づき
予定より上回ってることに気づきます。
*注目のハーフ
ハーフは予定より1分の貯金でした。
気持ち的にはもっと走れる。でもすでに足にはいつ攣ってもおかしくない感じ
とハリが出ていました。
*30km~35km
予定の2:10よりも上回って2:09で30kmの通過はテンション上がりました。
30kmの練習の時、20kmで自分と対話します。
「あと10km だけど行けるかどうか?」それを30kmでしました。
「あと12kmだけど行けるかどうか?」身体自体がいけるという反応で
それならばもう温存など必要なし、
どんなペースでも出せるなら出していい!!と
リミッターを思い切り外しました。
新川通を折り返した瞬間に風は止んで、太陽がギラギラしてきて、
きたーーー!!って思いました。ここからはギアチェンジして
いけいけいけーー!!って感じでペースも自然に上げられました。
*36km~ゴール
勢いも36kmからは頑張らないと維持できなくなってきます。
でもあと6km!!
このくらい耐えないと!!と、我慢我慢でした。
口に出して我慢!!と何度も言いました。
沿道の方の応援が嬉しかったです。
我慢を唱えながら、体を思い切り叩き始めます笑。
暑さと疲れで意識が散漫になるので、叩きまくりました。
そして給水では水が取れなくなってきます、疲労で紙コップが
すくえなくなりました笑
やっと取れると思い切り顔面に水を浴びせて意識の集中を図りました。
北大の中に入った時、もうすぐだ!と思いました。
女性2人を抜きました。そのうち一人とは、抜くときにこちらを見てくれて
微笑み合いました。
お互いがリスペクトし合い、ここまでを労うような時間でした。
ペースはすぐに4:40さしてしまいます、もう一度奮い立たせました、
沿道の方が、「ネットでサブ3いけるよ!!」
と叫んでくれて、そこでびっくり!!!!え!!って。それまでペースは
時々見てたものの時間を見るのを忘れてました。本当に、残りをキロ4で
走れれば、サブ3が間に合う時間でした。39kmで初めてそのことに気づきます。
だからか、新川通の折り返しでコウさんが近い気がしたのは。
いいペースで来れたんだ!と気づきます。(気づくの遅すぎる)
(計算や数字が苦手で考えられません、、)
でも、もうペースは下がるばかり。。。。下半身が鉛のようで
無理やり腕振りで前に出してました。
大通りを一人で走っていて、ものすごい数の人の応援に
感動しました。
「角を曲がったらゴールだよ!!!」の声にもう一度力が戻りました。
終わる!!と思ったら最後走れました。
角を曲がると大きなゴールゲートが直線上にみえ、
同時に電光掲示板も見えました!
想像もしなかったタイム!!!に嬉しくて嬉しくて笑顔でゴールまで
走りきりました。
ネット3:01:47という予想しなかったタイムでした。
もしも、サブ3を意識してたらいけたかもしれません、、
でも、目指さずに温存し、自分のレースで走り切ろうと思ったから
よかったのかもしれません。。。。
わかりませんが。この夏に7分縮められた!という事実には変わりなく
練習したんだな。と思いました。
自分の走りができました。
北海道のあの時、あのコース上には様々な走りがあり、様々な記録と
気持ちがあったと思います。その全てのランナーを支えてくれる
運営してる方々、給水の方々、携わる方々、応援してくれた方々
に本当に感謝しています。
一人で走ってるけど一人ではないです。
とっても素敵な夏になりました!!楽しかったーーーー!!